西教寺と猿
身代わりの 手白猿

1486年(文明18年)西教寺の宗祖・真盛上人が西教寺に入寺されて以来、毎日欠かすことなく本堂で念仏を唱え続ける不断念仏の修行が始まりました。 真盛上人によって始められたこの伝統は、現在に至るまで500年以上絶えることなく続いており、西教寺は「不断念仏の道場」として全国的に知られています。 室町時代の1493年(明応2年)坂本で徳政一揆が起こった時、その首謀者が真盛上人と誤解した山門の僧兵が西教寺に攻め入りました。しかし境内には人影がなく、ただ鉦(かね)の音だけが本堂から聞こえてきました。 それを聞いた僧兵が本堂に駆け込むと、そこには一匹の手白の猿(ましら)が上人の身代わりとなって鉦をたたいていました。 日吉山王の使者である猿までが上人の不断念仏の教化を受けて念仏を唱えていることに感じ入った僧兵はその場を立ち去ったといいます。 それ以降、身代わりの猿は「護猿(まもりざる)」といって親しまれ、西光寺の本堂で祀られています。


西教寺の屋根を彩る鬼瓦には、猿の意匠が随所に見られます。そこから、手白猿の伝説が伽藍に息づいていることが感じられます。境内を巡りながら、その姿を探してみてください。
